岡山での暮らし〜つらかった職場環境〜

2017年10月から2019年9月まで岡山で暮らしていた時の話パートⅡです。パートⅠは下記の記事になりますので合わせて読んでもらえると嬉しいです。

今回は職場環境の話。

高知から岡山への転勤は希望していたものではなく、高知にきて3年経っていたのでそろそろかなぐらいの感覚でした。

噂では誰かが岡山行きを断ったせいで僕に白羽の矢が立ったとか何とか・・・。

岡山の職場は一言で言うと「つらかった」です。

勤務初日、各グループに自己紹介をして配属先で仕事をするのですが誰も何も教えてくれません。全員がそうではないんですが、個人の仕事優先で他人に無関心。

僕の仕事内容は高知でしていた業務と同じものだったので、何とかついていくことができたことがせめてもの救いです。

窓口当番だったり、電話当番だったり、基本的な細かな取り決めがあるはずなのにそれすら聞かないと教えてくれないのはストレスでした。

また異動がきっかけで「主任」の立場になり、「主任だからこれぐらいできて当然」「主任はこれぐらいできないといけない」ということを上司から言われ、そのことも常にプレッシャーになっていましたね。

新しい環境、新しい職場、新しい人間関係・・・。高知で一度経験はしているのに仕事をする人によってここまでストレスになるものなんですね。

高知で仲が良かった先輩が一年前に岡山へ異動になっていたので、それが救いでした。先輩がいなければ本当に誰に聞いたらいいのかわからなかったです。

岡山の職場は、女性の立場が強い・・・そんな印象です。面倒なことの相談は男性にくるし、上司にしても明らかに特定の女性たちにひいきしているふしがありました。

職場の雰囲気を悪くしているのはその女性たちだったんですけどね。

事務処理誤りや間違った対応をすると、そのことに対する悪口や陰口が仕事中に平気で飛び交います。自分のことではないとは言っても人の悪口を聞いていると気分が悪くなってきます。そんな職場今までなかったです。

なので、そんなことを言われないために事務処理はミスをしないように、最低限の量はこなせるようにそんな風に過ごしていました。

12月までの最初の3ケ月はそんな人間関係や個人プレーの職場で、僕という存在が役に立っているのかもわからずにただ仕事をこなしていく・・・そんな環境に精神的に疲弊していました。

岡山では徒歩通勤だったんですけど、職場のビルに到着すると吐き気をもよおすことがしばしばありました。吐きはしないんですけど、緊張でオエッとなる感じです。

12月の半ばに差しかかった金曜日、そんな職場が嫌になって呆然と岡山駅を歩いていたことがあります。その時に母親から年末の予定について電話がかかってきたんですよね。

「今年は帰らない」そんな話をしているうちに、涙が溢れてきてしまって話せなくなりました。

今の職場が辛いこと、今は誰からも連絡して欲しくないことを伝えて電話を切りました。

姉や兄からも年末の予定についてラインがきていたんですけど、そういう返信も煩わしくなり母から伝えてもらいました。

母はこの時職場が辛いという意味が精神的なもので、母の力ではどうすることもできないことはわかっていたと思います。

電話がないにしてもよく手紙やレターパックが送られてきて励ましてくれました。この時期は本当に母に心配かけたと思います。

思えばこの時初めて退職ということを一瞬考えましたね。

でもこの時はブログもしていなかったし、ミニマリストなんて言葉も知らなかった頃なので辞めたところでどうしたらいいかもわからなかったので、今の職場にしがみつくしかないという考えにすぐに変わったんだと思います。

転機は年が明けた2月。内部異動があり、女性職員と「主任だから」が口癖の上司が別グループに異動になり、僕にとって少しマシな体制になりました。

そして、何とか続けていけるようになった矢先の5月、右眼の充血が始まりベーチェット病を発症するようになります。

この病気の発症は原因不明と言われていますが、ストレスが原因だったかもしれないですね。僕は元々ストレスを溜め込むタイプなので、今回それが病気のいう形で出てしまったんだと思います。

ベーチェット病の発症経過の詳細は、ベーチェット病の発症記事にまとめていますので読んでみてください。

あとから聞くと、この職場の雰囲気がおかしいと感じていたのは僕だけではなくて、他県からきた人はみんな同じように言うみたいです。

最初は誰に相談していいかもわかりませんでしたが、少しずつ味方というか親身に答えてくれる上司や相談相手も見つかりやっていくことができました。

半年もすると、誰がどんな性格なのか、相談して助けてくれる人なのかといったことがわかってくるので、それ以外の人はできるだけ関わらないようにしてきましたね。まあ向こうからもほとんど話しかけてくることはなかったんですけど。

嫌な人とはできるだけ関わらない」 

このことを意識して乗り切りました。

転勤で新しい職場になるとどうしてもみんなと仲良くしようと張り切りがちですが、この職場に転勤になりそれはやめることにしました。

無理にみんなと仲良くする必要もない自分から無理に話しかけなくてもいい別に全員に名前を覚えてもらう必要もない全員に好かれる必要もない、自分でハードルを下げると少し楽になりました。

会社員である以上、人間関係はこれからもつきまとってくる問題ですが、退職してもやっていけるという術を身につけないといけないですね(今は貯金だけなので・・・)。

kou




ABOUT US
ryokou
僕たちは男性二人暮しの同性カップルです。 kouは京都府出身の37歳。人付き合いが苦手で内向的な性格。 平成16年3月京都産業大学を卒業。平成17年1月に就職(勤務地は京都で全国転勤ありの会社)。平成26年7月に高知へ転勤、平成29年10月に岡山へ転勤、令和元年10月に大阪へ転勤となり現在に至る。 平成30年5月に難病指定されているベーチェット病を発症。特定疾患受給者証の交付も受け、現在も治療中。 ryoは高知県出身の32歳。2017年にkouと出会い人生が変わる。ミニマリストな思考のkouに影響を受け、シンプルライフを志す。 二人に共通すること 半年ぐらい前からミニマリスト、シンプリストの動画を見るようになる。退職しストレスフリーな生活に憧れを抱くようになり、あまり多くの物を持たずシンプルな生き方を模索しています。